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2006年5月30日 (火)

【Q】奇形の出現は確率的にやむをえない?

 これは講師の遠藤さんが、ずいぶん前にお答えくださっていたものですが、私のミスで載せ忘れていたものです。お詫びして、掲載させていただきます。

Q: 形をつくるDNAについて、先生の説明では確率的といわれましたが、形をつくるDNAのカタヨリが発生することでできる奇形児は、確率上発生するのはやむをえないという認識でよろしいでしょうか(ナルミ)

A: カフェ当日、「あるタンパク質が手足のもととなる肢芽の中を広がっていく時、肢芽の中にこのタンパク質の『濃度の差』が生じる」という話をしました。このタンパク質は細胞などの障害物の隙間をぬって広がるため、多くのタンパク質は障害物にぶつかってしまって作られた場所の近くに留まり、障害物にぶつからず遠くまでたどり着けるのは『確率的』にわずかとなります。結果として、このタンパク質が作られた場所の近くでは濃度は濃く、遠くに離れれば離れるほど薄い、という差ができるのです。
 障害物にぶつかるかどうかは確率的な出来事である以上、結果としてできる濃度に誤差が生じる可能性は常にあります。ナルミさんのおっしゃる通り、この誤差が生じた場合に奇形となってしまう可能性は、理論的にはあり得ます。しかし実際には、ここで濃度の差を作るタンパク質の数は、数えることができないくらい多いと思われます。数が非常に多くなると、誤差が生じる可能性は限りなくゼロに近くなります。「正常な状態」では、ナルミさんのおっしゃるような「カタヨリ」が発生することはまずあり得ないと言って良いでしょう。
 今敢えて「正常な状態で」と言いました。奇形が生じるのは、何らかの原因がもとで体作りの仕組みのバランスが崩れてしまった時、つまり異常な状態なのです。例えば妊娠初期にあまりに多量に摂取すると胎児に奇形が生じる薬や栄養素がいくつか知られていますが、これらの多くは体作りに必要なバランスを崩してしまうのだと考えられています。生物の持つ精密なメカニズムは、時に外の世界からの影響を受けて乱れてしまう、とても繊細なものなのです。(遠藤)

 奇形と言っても、多くの場合正常との間に質的な差があるわけではなく、どうも人間が感情的に大きく扱いすぎるケースがあるのが気になります。生命にかかわるようなものでない偏差については、ゆらぎの範囲であると思っていて良いのではないかと思います。

 欧米人(アングロサクソン)の中に日本人(モンゴロイド)がひとりだけいたりすると(あるいは逆のケースでも)、不自然に見えますが人間としての機能に違いがあるわけではないというような話を思い出します。

 生物学の問題というより、社会の問題という気がしないでもありません。

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