カフェの後、京都へ旅発った「動く遺伝子の話」をしてくれた高橋さんが答えています。長くて、ちょっと難しいかもしれませんが、ゆっくりと読んでみてください。
Q: 遺伝子組みかえ作物はどこがどのように危険なのか(子ブター)
A: まず、遺伝子組み換え作物とはそもそもどういうものか、ということを簡単に解説し
ます。
人間が昔から行ってきた作物を改良する方法として、いわゆる「掛け合わせ」があります。異なる優良形質をもつ両親、たとえば「害虫に強い品種」と「おいしい品種」を掛け合わせて雑種をたくさん作り出し、その雑種集団の中から両親の優良形質の両方を備えたもの、すなわち「害虫に強くておいしい品種」を選び出す、交雑育種法と呼ばれるやり方です。これによって「害虫に強い遺伝子」と「おいしさを作る遺伝子」の新しい組み合わせをもつ生物が、人為的に作り出されることになります。
一方、交雑という間接的な方法ではなく、直接狙った遺伝子を動かして、望む新しい遺伝子の組み合わせをもつ生物を作ろうというのが遺伝子組み換え技術です。上と同じ例で言えば、「害虫に強い品種」の細胞のゲノムDNAから直接「害虫に強い遺伝子」を切り出し、「おいしい品種」の細胞の中に挿入する、というやり方で「害虫に強くておいしい品種」を作るわけです。
人の手が介入して遺伝子の新しい組み合わせを備えた生物を作る、という点ではどちらも同じなのですが、もちろん異なる点もあります。交雑育種法と遺伝子組み換え技術の大きな違いは、以下の三つです。
1.何度も掛け合わせを繰り返してたくさんの雑種を作り、望む組み合わせをもったものが偶然生まれるのを待つ、という交雑育種法に比べ、遺伝子を直接扱う方法は、目的の形質を備えた品種を作り出すのにかかる時間が短く、効率が良いと言えます。
2.膨大な数の遺伝子をもつゲノムの中で、遺伝子組み換え技術で操作される遺伝子はごく一部なので、作り出されたゲノムは、割合で言えば、大部分があるひとつの品種のゲノムのままです。これに対し、交雑育種法では、異なる品種の両親の遺伝子を(目的の遺伝子以外にも)ごちゃまぜにもつゲノムができます。
3.一般に交雑は近縁の生物種同士でしかできませんが、遺伝子を構成する物質であるDNAは全ての生物に共通しているので、遺伝子組み換え技術を用いると、「掛け合わせ」ができないような全く別種の生物(例:植物と細菌)の遺伝子による組み合わせも可能になります。
さて、それではご質問の「遺伝子組みかえ作物はどこがどのように危険なのか」について考えてみます。
遺伝子の本体であるDNAは、全ての生物に共通の材料と構造でできています。これ自体は、どのように入れ替えたところで物質として大した変わりはありません。また、植物細胞の遺伝子組み換えができるようになったのは1980年代初頭のことで、現在はすでに商品としての遺伝子組み換え作物が世界の21カ国で栽培されています。「遺伝子組み換え作物というだけで危険」ということはない、というのが現在の科学の見解です。
むしろポイントは、組み換えに使われる個々の遺伝子が何か、どんなタンパク質を作るか、そのタンパク質が組み換え体の中でどう作用するか…といった点でしょう。
遺伝子は全ての生物に共通の材料と構造でできていますが、タンパク質は、生物によって持っているものの構造が異なります。ヒトの体に有害なタンパク質というものもあります。さらに、これらのタンパク質は単独ではたらくだけではなく、複雑な相互作用のネットワークによって繋がり、互いに影響し合いながら機能しています。
新たに作物に付加された遺伝子の作るタンパク質がそれ自体ヒトに害を及ぼすものだったら、もちろんその作物の安全性には問題があります。また、ある生物のネットワークの中ではたらいていた遺伝子が全く別の生物のネットワークに入ったとき、意図しなかった変化をもたらす可能性も、ゼロではないと思います。
そこで、現在日本では、個々の遺伝子組み換え作物に対して安全性審査を行なうという制度がとられています。遺伝子組み換え技術によって作られた作物は全て審査を受け、それを通過した作物だけが輸入・販売を認められることになっています。
具体的には、
① 挿入遺伝子の塩基配列がわかっていて、その中に既知の有害配列が含まれていな
いか
② 挿入遺伝子によって作られるタンパク質に有害性はないか
③ 挿入遺伝子によって作られるタンパク質にアレルギー誘発性がないか
④ 挿入遺伝子が生物のネットワークの中で間接的に作用し、他の有害物質を作る可
能性はないか
⑤ 遺伝子組み換えによって作物の栄養成分に大きな変化が起こる可能性はないか
などの点が審査されます。
ただし、厚生労働省が直接実験などを行なうわけではありません。安全性審査は、作物を開発した企業が必要な科学データなどを厚生労働省に提出し、内閣府の食品安全委員会が安全性評価基準に基づいてそのデータを検証し、安全性を評価する、という方法で行なわれます。
この安全性審査を通過した遺伝子組み換え作物は、「科学的に危険でない」ということになるわけです。そして、審査を通過したもの以外は輸入も販売も行われないので、食品としての遺伝子組み換え作物は「科学的に危険でない」と言うことができると思います。
ただし、この「科学的に危険でない」は、「100%安全」ということではありません。
科学には、反証可能性という概念があります。反証可能性とは、「ある言明が観察や実験の結果によって否定あるいは反駁される可能性をもつこと」(大辞林第二版)で、つまり、現時点で「科学的に正しい」とされていることであっても、そこには常に「新しい発見や実験結果などが出てきてひっくり返される可能性」が存在している、ということです。世界の全てを知り尽くすということがありえない以上、科学に「100%」はないのです。
生物の中の遺伝子とタンパク質の複雑な相互作用のネットワークについても、まだ全てが明らかになっているわけではありません。遺伝子組み換え作物が「科学的に危険でない」というのはつまり、「現時点で出ている証拠からは危険でないと考えるのが適当」ということなのです。(高橋)
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